全米が泣いた「日系アメリカ人議員」の正体 オバマケア撤廃反対を命懸けで呼びかけた

 下記は、2017.6.8 付の 東洋経済オンライン に寄稿した、ピーター・エニス 氏の記事です。

                       記

 この数週間、米議会でバラク・オバマ前大統領の任期中に導入された「オバマケア」を撤廃する共和党案が議論される中、ひとりの日系米国人女性議員に米国人の注目が集まった。

 彼女の名前はメイジー・ヒロノ。ハワイ州選出の上院議員だ。2012年、上院議員に選出された初めてのアジア系米国人女性として話題にもなった同議員が、ここへきて再び耳目を集めている理由――それは、彼女が5月に腎臓がんのステージ4との診断を受けたにもかかわらず、議案採択のためにハワイから首都ワシントンに渡り、ライバルの共和党議員たちに、オバマケア撤廃に反対票を投じるように呼びかけたからだ。そして、そのときのスピーチが、「心に響いた」という人が後を絶たないのである。

 実は当初、米国の主要メディア”がこのスピーチを取り上げることはなかった。が、リベラル系政治ブログDaily Kosが取り上げたことで、徐々に大手メディアでも伝えられるようになると同時に、SNSでも彼女の「行動」が拡散されるようになった。

福島県で生まれ育った

 「ヒロノ議員は上院議会に出席し、2000万人以上の健康保険を守るために投票してくれた」――。あるフェイスブックユーザーの投稿は、瞬く間にSNS上で拡散され、ヒロノ議員の行動は多くの人の知るところとなった。「本当のヒーローは有言実行であり、実際、必要なときに自らが公言した価値観に従って行動を起こす」。

 議案採択が行われる7月27日の夜、議会に出席したヒロノ議員は、両院議員を前にこう切り出した。「オバマケアの撤廃は、この国の何百万人もの人を苦しめることになる。特にその影響を受けるのは、最も重病で、最も貧しい人々だ」。

 ヒロノ議員は1947年、福島県で生まれた。夫の虐待でシングルマザーとなった母親の下に生まれたヒロノ議員には3人の兄弟がいたが、戦後まともな医療が受けられない中、全員が自宅で生まれた。議会ではこのことに触れ、「ここにいる議員の中で、病医で生まれなかったのはひょっとしたら私だけかもしれない」と語った。

 また、同議員は姉妹の1人を2歳のときに肺炎で亡くしており、「あのとき、適切な医療が受けられれば彼女は助かっていたかもしれない」と、ヒロノ議員は涙ながらに振り返った。

 1955年に、母親と兄弟とともにハワイに移住したヒロノ議員だが、母親が病弱だったため働けなくなり、医療費を払えなくなることにずっと不安を感じていたという。幸い同議員は無事に大学へ進学し、その後名門ジョージタウン大学のロースクールへと進んだ。

 程なく政治家を志すようになったヒロノ議員は、1980年から1994年まで、ハワイ州議会で下院議員を務め、その後2002年までハワイ州の副知事を務めた。2002年には知事選で敗北したものの、米下院議員に再び当選。3期を務めた後、2013年には上院議員となった。

 このとき、ヒロノ議員は、上院司法委員会の委員となり、多くの人を驚かせた。小さい州の新人議員が同委員会に入ることは極めて珍しいからだ。後に同議員は、米政権に対して非常に影響力のある軍事委員会の委員にも就く。ハワイ州は、米太平洋軍の司令部なので、軍事問題は同州にとって極めて重要。海軍や海兵隊を管轄するシーパワーの軍事小委員会の最高位の民主党員として、同議員の影響は、はるか沖縄にまで及んでいる。

定期検診でがんが見つかった

 政治家としてキャリアを積んできたヒロノ議員が、自身ががんに冒されていることを知ったのは、今年5月のこと。定期検診で見つかった。翌日、同議員は選挙区にその旨を知らせ、ワシントンにあるジョージタウン医療センターで腎臓の摘出手術を受ける。が、がんはすでにほかの臓器にも転移しており、助骨を7インチのチタンプレートと取り替えるなどの治療が施された。

 ヒロノ議員はこのとき、医師に自分があとどれくらい生きられるのかを尋ねたという。すると医師からは「まだ時間はある」という答え。その後、同議員はオバマ政権最大の功績の一つと考えているオバマケア撤廃を防ぐための取り組みを始め、ハワイ州でタウンホールミーティングを開催するように。ほかの民主党議員とも協力し、ポッドキャストを通じて共和党による改革案の危険性を示唆したり、既存システムを支えるための集会に参加したりしてきた。

 ヒロノ議員は、27日の議会でも共和党議員たちに対して「私たち全員が医療危機から逃れるためには、1つの判断しかない」と主張。同氏は、やはり悪性脳腫瘍を押してこの日の議会に出席していたジョン・マケイン議員を名指しし、自らの良心に従って投票するように促した。

 「私が腎臓がんに冒され、最初の手術を受けたとき、多くの同胞――民主党議員だけでなく、競合政党の同胞たちも――私を励ますために自分たちの経験を共有するなどすばらしいメッセージをくれた。あなた方は私を気遣ってくれた。あなた方は思いやりを示してくれた。今夜、あの気持ちはどこへ行ってしまったのか」

 結局、米上院は28日未明の本会議採択で、オバマケア撤廃案を賛成49、反対51で否決。マケイン議員のほか、2人の共和党議員が反対票を投じた。これで、オバマケア改正案は再び振り出しに戻ったわけである。

「これが最後の機会かもしれない」

 後にヒロノ議員は、このときのスピーチについて、ネットニュース「デイリー・ビースト」にこう語っている。「私は、スピーチをする前に、大きな不安とともに座っていた。これは私の家族の物語であり、私の姉妹の死についても及ぶからだ」。しかし、同氏がそこに座っていたとき、自らの危険な健康状態に気がついて、「『これは、私がこのことについてハッキリと話せる最後のときとなるかもしれない』と思った」。

 議会でスピーチをした後、ヒロノ議員は米国会議事堂の建物の階段で群衆に、あらゆる米国人は良質な医療を受ける権利を有している、と語った。「これは富裕層の特権ではない」。

 そして同氏はこう続けた。「すばらしいのは、私自身、医療保険があることで、必要な治療費をどうやって賄ったらいいのか、心配せずに済んだことだ。そして、健康になるための治療に専念し、皆さんと一緒に闘うために今こうして、議事堂の階段に立つことができるのだ」。

 同じハワイ州出身のブライアン・シャッツ上院議員は、27日のスピーチをこう振り返る。「メイジーは、上院で最もタフ議員の一人だが、心の内を率直に話すタイプではない。その彼女が胸の内をさらけ出したからこそ、その影響は絶大だったのだ」。